雨の日に似合う1冊
先週の金曜日、朝からどこか不穏な空気が流れていた。
仕事帰り、外へ出ると、霧のような雨が静かに降っていた。
世界の輪郭が少しだけぼやける、そんな夕方だった。
傘を差していても、気づけば髪や頬がしっとり濡れている。
はっきりとした雨ではないのに、静かに、確実に、こちらの気分まで湿らせてくるような雨だった。
こういう日は、明るい本よりも、静かな本が似合う。
背中を強く押してくれる言葉より、
「今日はこのままでいい」と、そっと隣に座ってくれるような物語。
読んですぐ何かが変わるわけではないけれど、
読み終えたあと、少しだけ呼吸が深くなるような一冊。
雨の日に読みたい本は、きっとそういう本なのだと思う。
外を歩く読書さんぽも好きだけれど、
昨日みたいな日は、言葉のなかをゆっくり歩くほうが似合っていた。
窓の外の灰色の空気ごと、こちらの気持ちまで静かになっていくような時間。
そんな時間に、ふと頭に浮かんだのが、小川洋子さんの『海』だった。
この本には、声を張らなくても届くものがある。
何かをはっきり説明してくれるというより、
輪郭のあいまいな気持ちを、そのまま受けとめてくれるような静けさがある。
晴れた日に読む本と、雨の日に読みたい本は、たぶん少し違う。
晴れた日は、前を向く力をくれる本が似合う。
けれど雨の日には、立ち止まってしまう自分を責めずにいられる本がほしくなる。
世界の音が少し遠くなる日。
自分の内側の気配が、いつもよりよく聞こえる日。
そんな日に『海』は、静かに寄り添ってくれる。
昨日のあの霧のような雨にも、
この本はとてもよく似合っていた。